後編

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はい、後編書くよ。

こうやって短い文章を色々残して、文章力を上げていきたいよな。(って言っても毎回淡々と事実を羅列してるだけになってしまうのでポエム的な表現力が上がらないんだよな……)

次回の記事は劇ラの感想文か支部に上げようか悩んで結局投げてないことうみ小咄晒すかどっちかかなあ…

ポエム的な表現力を上げるために前回記述し忘れた各々のルックスについて書いておきますね…(記憶にない部分は適当に捏造する(ぶっちゃけ本文も結構捏造してる))

 

顧問→赤みがかった色のパーマで紐のついた金縁メガネの似合いそうな如何にも芸術家と言わんばかりの老女

部長→最低限のケアしかしていなさそうな不揃いに肩口辺りでカットされた黒髪で140cmほどの小柄な3年生

3年生→おかっぱ黒髪で顔が長方形の輪郭をしている、160cm超えの大柄で部長と並ぶと凹凸が目立つ身長差。

2年生→上手に出来たふくわらいみたいな顔に「パーティの時に買ってみたものの3年以上放置していた女装用のロングヘアのかつら」を被せ銀縁丸メガネをかければ完成。

1年生→艶のある長く伸ばした黒髪にややツリ目で、細身ながらも女子高生的な程よい肉感を伺える身体を持った街を歩くだけで後ろにオタクの行列が出来そうな美少女。美少女なせいでこの記事を書こうとした”後悔”の理由の6割くらいを占める。

俺→笑顔が作れないオタク

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文化祭で美術部が作るものは毎年同じで、色を付けた爪楊枝を発泡スチロールに挿していき絵にするというもので、色付きのピンアートのようなものだった。参考に去年までの作品を見せるとのことで部長が名前は思い出せないが”葛飾北斎の富士山が波に飲まれている有名なあの浮世絵”を爪楊枝で描いた作品を持ってきた。特に面白みはないが、これなら個々が黙々と自分の作品を制作することなく、みんなでひとつの発泡スチロールに向かいひとつの作品のために作業できるので”集団性”を過度に重んじる日本教育にウケが大変良さそうな良いアイデアだ、毎年同じことをしているのも確かに頷ける。そして、何より俺個人で作品制作に取り掛かったらとんでもない駄作を生み出すハメになる。これは良い、助かった。

 などと考えながら「へぇ~いいっすね~」などと言い、1年生も同意、他の2年や3年も毎年同じものを作ることに飽きてはいるものの異論は無いようで会議は「例年通り」ということであっさりと終了した。

会議終了後、文化祭以降長らく埃を被らせ続けていた作品に触ったことで「手が汚れてた~」と言いながら部長が部室内の水道に手を洗いに行った。

その時「ひゃあ!」という部長の驚いた声が聞こえてきた。

俺はやれやれ系主人公にドハマリしていたオタクなので(やれやれ…)と思いつつ「どうしたんですか?」と聞き、部長のもとへ行くと、思ってた以上に水道の水流が強く制服の袖を濡らしてしまったとのことだった。

俺は(完全にエロ展開かよ!)と心でツッコミを入れつつやれやれ系主人公は三次元ごときのこんな場面で動じないので至って冷静に紳士に「拭くものは持ってますか…?」とイケボで尋ねる予定だったのだが、水に濡れたため捲った袖の隙間から見える部長の腕に視線を奪われ、その言葉を放つことができなかった。

エロスティックな意味ではなく、部長の腕には多数のミミズ腫れのような痕があり、最近できたと思われる傷の塞がっていない切り傷のようなものが見えたからだ。

当時の僕は”リスカ”などという行為を知らないため、間違いなく虐待による傷跡だと思い”””関わってはいけない”””という脳内の危険シグナルに従い、即座に水道の方へと目を逸らし「何やってるんですか~」などと茶化して傷を見たことがバレないように誤魔化した。

部長も俺が傷跡を見てしまったことに気づかなったようで、その日は何事も無く部活動が終了した。

俺は帰宅しながら今日の出来事について想いを巡らせた。前回見た部長の涙も虐待による精神ショックがが理由だと勝手に納得した。誰かに相談するべきかと悩んだが、もう一人の3年生がワケシリ顔だったことも同時に思い出し、厄介事に俺が関わるのも勘弁したいので、やはり今日のことは見なかったことにして3年生の彼女に全て任せるということにした。

 

さて、話も盛り上がってきたのだが話はここで終わる。

何故ならこの話は若干の脚色があるとはいえ俺が体験した”現実の出来事”だからだ。

現実は小説のように面白くはない。

俺はその日から美術部に通いづらくなり、石膏デッサンを2~3枚描いたという実績だけ残し、文化祭作業制作にも参加せず幽霊化し、自然退部し、その後の美術部の模様などは一切知らない。

そして大学入学後の今、色々と知識を手に入れた結果部長がただのメンヘラだったことに気づき、同じ1年生で入部した娘が思い返せば可愛かったことや、男子部員が俺のみのハーレムだったことや、まじめに続けていればもう少し画力というものが手に入っていたのかもしれないということを思うと痛烈に後悔する。

だから「当時続けていたとしてもブサメンコミュ症で実力よりも高いプライドが邪魔して絵を描かなかった奴には何も残らなかっただろう、結局辿り着く場所は今と同じだ」などと自分に言い聞かせ、日々を過ごしている。

 

おしまい。