ダークグノーシス~神々の黄昏~

僕が死んだときに遺書の代わりになります

死体同棲百合〜雪の降る日には〜

2016年夏の続きみたいなやつです。

死体同棲百合を書きたかった(前編) - ダークグノーシス~神々の黄昏~

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ここから本編

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

彼女と出会った日から半年ほど経った冬のある日のこと。

特に面白くもない書類整理を終え、退社した私を襲って来たのは厳しい寒波であった。

「今日は雪が降るとか何とか誰かが言っていたっけ……」と、白い息でぼやきながら、すっかり日の沈んだ帰り道を小早に歩いて行く。

しばらく進んで行くと、薄闇の中に煌々と蛍光色を灯した平たい建物が見えてくる。

その建物の前では「おでん70円セール」という威圧的な文字を掲げたのぼり旗が光に照らされ、寒風の中で勇ましくはためいている。

その光景は、寒さですっかり思考が麻痺してしまった私にはまるで後光差す仏のように見え、おでんというあまりにも寛大なる慈悲に涙ぐみながら、建物へと吸い込まれていった。

日本人はみな心に"おでん欲"というものを眠らせており、気温が下がるとそれが目を覚ますようになっているらしい。

日本全国のコンビニがこの時期におでんを販売し始める事実こそ、この欲求の存在証明であることは想像に難くない。

 …………。

という、話はどうでもよく、結論から言うと私はコンビニでおでんとカップ酒を購入し、帰宅した。

 

「ただいま、春香」

 玄関のドアを開け、彼女の名前を呼ぶ。

返事はない、いつも通りだ。

一通り上着を脱ぎ、ハンガーに掛け、姿見を見ると左手にカップ酒、右手におでんの袋を掲げたオッサンが発生していた。

「いや…オッサン女子的なのも需要あるって……」

と、誰に届くわけでもない言い訳を鏡の向こうにいるグレーのブラウスを着た長い黒髪の女性に向かって放ってみるが、やはり返事はない。人生こんなのばっかりだ。

 

1Kの自宅は自室に続く廊下がそのままキッチンになっており、自室に戻る前におでんと、ワンカップ酒を同時にレンジに突っ込み、時間を2分でセットする。

これは私が発見した、ワンカップ酒を爆発させず、おでんを食える程度に温められる絶妙な時間設定だ。

晩酌の準備を終え、ようやく自室のドアを開けるとソファの上で毛布に包まった美羽春香が居た。 

「ただいま、春香」

もう一度、繰り返す。

彼女と出会い、そして”持ち帰り”、一方的な口づけを交わしたあの日、私は彼女に”美羽春香”と名付けた。

「名前が無いと困っちゃうし私が名前を付けちゃお~」などと、その場のノリで作った名前だったはずなのだが、春の透明な日差しの中から生まれ、そして地上に舞い降りた一片の羽を彼女に例えるというのは、詩的センス溢れる意外に良いネーミングであったと思うし、実際結構気に入っている。

彼女がどう思ってるかは定かではないが……。

「春香~」 

もう一度、彼女の名前を呼びながら自分も毛布に潜り込み、春香を抱きしめる。

暖房を付けていなかったからだろうか、今まで外出していた自分よりも冷え切っているようだ。

乾いた氷のように冷たい春香の指に、自らの指を絡ませるとそこから体温…というよりも生命力を吸収されていくように感じる。

だが、この温度は拒絶ではない。

毎日こうしていれば、いつか彼女も「おかえり」を返してくれるような日が来るかもしれない。

 

指を絡ませ、春香の顔を観察する。

部屋の蛍光灯を反射し、淡く金色に光る細い髪も、キメの細かく汚れなき月光のような肌も出会って以降全く劣化していない。

浅く閉じられた瞼と、口元から表情を読み取ることは出来ないが、見ているだけで幸福を覚えるようなその表情の中心にいる彼女はきっと最上の幸福の中にいるのだろう。

「……いや、これはただの私の願望か」

彼女が夢を見るのか?それどころか、半年を経た今でも彼女が精巧なドールなのか、超常の生物なのか、それとも本当に死体なのか、何もわかっていない。

ただ、彼女は私の都合よく慰み者として一方的に穢れを引き受け続けている。

更に顔を近づける。

近づくほどに、彼女を構成する全てのパーツが完璧であることを再確認させられる。

美を示す数式が存在するのだとしたらその解答の全てに彼女は合致するのだろう。

私はそんな彼女を独占している、彼女の肉体は自分の肉体よりも自由に扱える。

ーーー陶酔。

温度の無い彼女の唇に、自分の唇を押し当てるとますます感覚は鈍麻になり、感情だけが先行し、貪るように舌先を彼女の咥内に侵入させる。

舌先から舌先へと冷えは伝染し、温度を求めるように本能的に更に奥へ、奥へと侵入し吸い上げる。

 

その瞬間、遠くの方でレンジが小さく「チンッ」とマヌケな音を上げた。

「…………」

「ごめん……。」

 誰に言うわけでもない言葉を虚空に吐き、よろよろと立ち上がりレンジからおでんとカップ酒を取り出し、部屋に戻る。

 

春香をソファに座らせ、机に晩酌セットを並べ、テレビの電源を入れ、春香と毛布に包まりながらくだらないニュース番組を視聴する。

「我が国の財政問題が~」

大根おいしい。

「今、巷で話題のあのグッズが~」

煮玉子おいしい、酒が美味すぎる

「芸能界にスキャンダルが~」

はんぺん微妙だな…あ、もういっちょ酒がうまい

「明日の天気は~」

「…おっ、雪だるまマークじゃん」

どうやら、今夜からこの街に5年ぶりの雪が降るらしい。

「って、あぁ!もう降ってるじゃん」

カーテンを開くと既にヒラヒラと雪が舞い始めているのが見えた、部屋の光を乱反射して白銀に光るそれはどことなく春香の姿と重なるような気がした。

「春香って雪は見たことある?」

ソファの方を振り返るが、春香ただ静謐に存在しているだけだった。

「はいはい、春香お嬢様は世界のなんにも興味がないって…?…フフッ」

芝居がかった呆れ口調でそんなことを言っている、自分に少し笑ってしまった。

本質で言えば、お人形ごっこと何ら変わらない滑稽な一人遊びなのかもしれないが、そんな彼女との毎日に間違いなく私は救われている。

彼女が何なのか、全くわからないがそれでもいつか彼女と対等にコミュニケーションできる日が来るまで、正しく彼女を愛し続けたいと思う。

これからもどうすればいいかわからなかったし、きっとこれからもどうすればいいかなんてわからないだろう。

だからせめて、後悔しないことを選択したい。

彼女と出会った日に、大人しく警察や誰かに彼女を預けてしまえば良かったなんて思わないようにしたい。

「ーーーじゃあ、今日はもう寝よっか」

春香をベッドに寝かせ、その隣に私が入る。

明かりを消して、微睡みの中にいると、カーテンの隙間からさっきよりも密度を増した白銀たちが舞い遊んでいるのが見えた。

ーーー積もるかな?

……。

 

ーーーーじゃあ、おやすみ。春香。