夏色シューティングスター

今日は世界がよく視えるはずだ、という直感に目を覚ました。
カーテンを開き窓の外を見上げると、光は透明で明度の高い空がどこまでも続いてる。
「最高の夏にしようぜ」
思わずそんな言葉が口に出る。
 
ここ最近はずっと明瞭としない日々が続いていた。
曇りガラスを一枚挟んで世界から隔離されているようで、何かに集中しようとすればふわふわと気持ちが霧散していく。
 要因は様々だろうが、睡眠が下手くそになってしまったことが一番だろうか。
寝るべき時間が訪れる度に”今日という日はこの程度で終わらないはずだ”という自意識に苛まれながら、大して出来ることもないまま夜を無意味に長引かせていた。
限界期のメモによると「睡眠とは今日あったはずの可能性を0.7倍にして明日に渡す行為」らしい。
その"今日あったはずの可能性"ってやつが"翌日にあるはずだった可能性"まで犠牲にしてたのは笑い話にもならない。
まあそんな状態だったワケだが、そんな虚無ってヘラってじゃんけんぽんみたいな近況はどうでもいい。
 
何故ならば今日は最高の夏で、高坂穂乃果の誕生日だからだ。
 
爆速で業務を終わらせ(終わってない)、定時退社をキメた俺がまず始めるのは当然アレだ。家賃の振込だ。
今月もまた家賃をまた振り込み忘れていたようで、管理会社から呆れたように催促の電話がやってきた。
半ばリマインダー代わりにさせられている電話口のお姉さんに(や、マジで申し訳ねえ…マジ反省してっから家を追い出さないでくれ……w)とクソデカ態度の本音を隠しながら「すんませんw」と建前で謝り、家賃を口座に叩き込んでやった。 ※これが、日本人の得意とする社会性である
 
改めてここでぶっ飛んだパーティを始めるワケだが、まずは夕食だ。
高坂穂乃果生誕祭にふさわしい食物を摂取しなくてはならない。
などと考えながら、パン屋も和菓子屋もケーキ屋も見事にスルーした俺が立ち寄ったのはきしめん屋だった。
きしめん屋→カツ丼ドン勝!優勝!!!!!
高偏差値で有名な俺は、爆裂するシナプスを完璧に制御し、美しすぎる三段論法を組み上げた。
まあ、2期7話とかでもカツ丼食ってた気がするしμ’sの歌詞にも「時として主役を食っちまう音楽響かせてこうぜブラザー」的な歌詞があった気がするしオーケーオーケーw
 
定時退社からのカツ丼で優勝、当然その程度じゃ高坂穂乃果生誕祭は終わらず、凱旋は続く。
家に帰った俺が冷蔵庫から取り出すのは今日の日のために取っておいた…チーズケーキ(食べかけ)だ……。
ほら、アレだよアレ。
昨晩のパーティでことりちゃんが持ってきたけど、流石に深夜にチーズケーキは糖質的なサムシングがヤバイので残った的な設定のアレだよ。
割り箸で一気にかっ食らうともう最高や、パッサパサのチーズケーキから幸福の余韻を最大限摂取し、盛大にむせ返るなどして涙目になりながら烏龍茶を一気飲みした。
 
で、エアロバイク漕いだりVRで遊んだりしてたら今に至ります……。
 
しかし……人間は(クソデカ主語)、このような惨めな状況に置かれても、生まれ持った妄想力というもので記憶を上書きすることが出来るらしい。
なので、今日は実質以下のような日であったに違いない
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(※注:オリキャラ出演、俺嫁設定、その他作者の自己満足設定)
(前提設定:
主人公(俺)は過去、和菓子屋(くら羽)を営んでいた両親を火事で失った青年である。
俺は、くら羽を再建し、かつての幸せだった日々を取り戻したいという思いから、記憶を頼りに、父親がかつて修行を積んだという"穂むら"へと向かう。
半分焼け落ちたくら羽の看板を背負った俺を見たほのパパは全てを察し、俺が穂むらで修行することを許可する。
ある日を境に伸び悩んだ俺に対し、ほのパパは「お前の作る菓子は確かに美味い、しかし欠けているものが1つある」という問いを投げる。
んで、その答えは愛だったってオチなんだけど、穂乃果ちゃんと過ごす日々の中で愛を思い出して、何やかんや痴話的なのがあって、ほのパパの最終試練が発動して、愛のぱわ~で乗り越えて、穂乃果ちゃんをゲットして、更に二人でくら羽を再建したよ!(わーい)
:設定おわり)
 
【んで、この辺にブログ本文を改変した自己満足SSをつらつらと書き連ねる予定だったんだけど、流石に文字数が肥大化しすぎるのとあまりにも恥ずかしいので、そういうものがあったんだという可能性だけ記しておきます。各位、己の妄想ノートに最高の高坂穂乃果生誕祭を思い描いて今日という日を最高にしていこうぜ。】
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
完。
 
え?
 
 

この日々に題を飾るならば

 

何がゴールデンウィークだ、自意識と向き合わないといけない時間が増えただけじゃねえか……

とりあえず記憶が薄れる前に、最近の思考経路を記録に残させていただきます。

 

 

連休が始まる前から既にクソデカ自意識とのバトル発生の予兆があったため、かしこいかしこい僕は”ギャンブル”という手段でこの自意識バトルと決着をつけようと試みた。

結果は半分くらいは成功で、半分は失敗だった。

成功した部分は、ギャンブルをやっているときは何も考えずに淡々と手を動かしていられる上に、当たり外れで勝手に気持ちよくなったり絶望したりと感情を得られるということだ。

絶望という感情でも、その後に失ったものを取り返そうと躍起になれるため、虚無ってヘラってじゃんけんぽんしてるよりは100倍マシだった。

失敗した部分は、改めて”金”の価値を再評価しなくてはならなくなった点です。

金を使えば受動的に楽しまされる事はできるが、能動的に楽しむことは難しい。

この”楽しまされてる”って感覚が人に伝わるかは微妙だが、俺が小金で築いたしょーもない玉座の上で楽しまされている間に、楽しませる側の人間は色々と試行錯誤や努力を重ねているのだろうなと思うと、何者になれない自分だけが置いてかれていくような気がしてちょっとだけ黒い感情が表に出てしまう。

 

そんなワケで、”楽しめるように”能動的に金を使う方法を考えようということで各種投資や事業プランを立案していた。

かつては「意識高いw」なんて馬鹿にしてた人間どもを馬鹿にできなくなってきた、そのプロダクトは稚拙極まりないものであっても彼らは彼らなりに能動的に生を謳歌しようとしていたのだと思う。

 

以下、最近考えてたスッカスカだが一生懸命考えた能動的に金を使うためのプランたちです

・副業スロカス

 台データをネットで公開してるパチ屋が近所に数店舗あるため、適当にスクレイピングをして天井かゾーンを拾えそうなら、通知をする的なシステムを自分用に組んで小金稼ぎをしたいと考えてる。

 スクレイピング技術を学びたいが、Python辺りを勉強すればいいんだろうか…。ちょっと大変そうだ。

・仮想通貨取引

 4月頃からちょこちょこ動かしていたが、どうしても”ブロックチェーン”という技術者達の共同幻想だけで成り立ってるようにしか思えず(もちろん革新的な技術であることは否定しない)、このままだと技術者コミュニティー内でだけ通用する通貨程度の価値しかなさないのではという気がしている。

 今後、より強大なバックボーンが得られ、金以外のモノにも還元できるようになっていけば大衆も仮想通貨を受け入れられるのかもしれないが、知識不足で未来像が全く見えずイマイチ思い切った投資が出来なかった。

 本気でやるなら、法律と経済の勉強が必要な気がする。ちょっと大変なので今は棄却したい

・衛兵雇って同人活動

 DMM同人のシステムを見て驚いたのだが、作品を公開するのは無料で、売れたときだけ手数料を取られるシステムになっているらしい、最悪売れなくても損はしない。

しかも公開は半永久だ。つまり、公開まで漕ぎ着ければ半永久的に資金源とすることが出来るため、下手な鉄砲も数撃ちゃどっかは当たってくれるかもしれない。

 しかし、問題になるのが作品をどうやって作るのかという話になるが、これは適当に技術を持っているが金のない学生あたりを札束ビンタして働かせるのが正解だと感じている。グラブルで90000円天井ご理解してる暇あったら人間を雇って時給1200円で10日間働かせろ。

 

プランを建てたら後は踏み出す気があるかどうかだが、残念ながら踏み出すことは無いのだろうなという気がする。

何故ならば、特に難しいことを考えず今の労働生活を維持していけば、人並みの生活が得られてしまうからだ。

安定は、停滞を産む。思考が保守的な方向に錆びつく前に行動を起こすべきなのは重々承知だが、論理的正しさを盾に動こうとしない体に動いてもらう方法がわからない。助けてくれ。

まあ…でも……

無理に何者かになろうと躍起になるよりは、美味しいご飯を食べて、ふかふかのベッドで寝て、たまに友達と遊ぶくらいのごく普通で根源的な幸せに縋って生きるのが正解だという気持ちもある。それに満足できるかどうかは別の話だが……。

 

ここまで全然タイトル回収してないし、主張が滅裂だし、タイトル回収したら今回の記事は閉じようか……。

この記事をここまで読んでいただいた各位は「自分の日常に題名を付けるなら?」という質問の回答をちょっとだけ考えて欲しい、題名ってほど大層なものでなくてもタグ付け程度でも良い。

人から聞いた手段だが、こじらせた自意識を分類し、分析するにはこれほど良い手段もないと思う。

そこで出てきた答えはきっと、自分を象徴するキーワードで、今後大切にしなければならないこと、あるいは改善しなくてはいけないことだと思う。

 

 

 

ちなみに僕は特に出てこなかったので、大切なことも捨て去りたいこともない無一物虚無太郎なので完璧です。

現れるはずもない機械仕掛けの神を待ちながら、繰り返し繰り返し題のない劇を続けるんすよ。

 

うーん…オチが思いつかないしもうやめていいすかね……。

まあ日記だしこの程度の適当さでいいよね。

 

LIVE YOUR LIFE

"LIVE YOUR LIFE"

岸田教団の新アルバム名であり、部屋のポスターにデカデカと掲げられた文字列でもあり現在のツイッターアイコンでもあったりする。

風神録が出るより前くらいに東方を知り、それからスキマツアーを経て岸田教団にハマっていった記憶があるのでそろそろ10年くらい聞いてる音楽になってしまった。

最近の総帥の作詞センスは、人生や世界に対してかなり”攻め”の姿勢となっており、かつての星空ロジックのようなエモロックを理由にハマった人間としては少々思うところがある。

しかし、「感傷なんてかっ飛ばして現実をブッ殺すしかない」というスタンスは、社会に出てからの自分の「生きるしかない」という半ばヤケクソのようなポジティブの源泉になっている気がする。

後者を得たから前者を受け入れられるのか、前者に感化されて後者を得たのかわからないが、とにかく長い間寄り添ったものは、人生の一部として取り入れられていくみたいだ。

 

そんなわけで近況の話だが、NetflixPSYCHO-PASSや、DARKER THAN BLACKなどを観るなどのオタク活動をしていた。

DTBに関して”中学生くらいの頃にハマったアニメ”くらいの曖昧な記憶で視聴を始めたが、2007年の春アニメだったらしく「お前も10年前じゃん!?!?!?!?」と絶叫してその場で5000兆円年くらいブッ倒れるなどの事件があった。

DTBはまず、”対価”の世界観がとても良い。

対価とは特殊能力を得た人間(契約者)が、能力の発動の代償として行う行為なのだが、オタク文化が発達しまくった今では”特殊能力”といってもせいぜい炎・水・風・土・光・闇・磁力・時・空間・重力など、パッと思いつくものを並べただけで9割くらい網羅出来てしまいそうなほど何をやっても二番煎じ感があり、限界がある。

しかし、対価に関しては「自らの指の骨を折る」「等間隔にものを並べる」「喫煙をする」「ゆで卵を食べる」などしょーもない行為でも成り立ち、派手でないと成り立たない特殊能力と違い無限のバリエーションを生み出してくれる(上記のものは全て作中に登場した対価、ネタバレになりそうなので伏せるがもっと面白い対価も多数出現するぞ!)

その結果、契約者たちの特殊能力よりも”どんな対価を持っているのか”ということにワクワクさせてくれる。

さらに、それをただ”能力の代償”として扱うのでなく”契約者になる前の、普通の人間だった頃の自分を取り戻そうとする行為”として描かれているのが本当に「オタク!!!!100点!!!!!」という気持ちになる。 ※契約者になると人間性を失い、合理的な考えに基づいた行動だけを行う習性があるため、対価を支払っている時こそ彼らが一番”人間らしい”姿を見せる瞬間なのだ(100点!w)

そして世界観だけでなく、ストーリーの運び方もとても上手だ。

契約者である主人公の黒(ヘイ)と、それを追う女警察官の霧原未咲(CV水樹奈々、顔が良い、実家が太い)を主軸に、彼らの周りで引き起こされる様々な事件を2話完結で描いていき、その中で少しずつ契約者の謎や黒の過去に迫っていくという感じだ。

異能力モノではあるものの、バトルありの刑事ドラマというのがしっくりくるだろうか。

2話簡潔であるが故に、無駄がなくテンポが良い、そして短い尺で登場キャラを印象づけるために色濃く尖った魅力的なキャラ設計がなされている(契約者たちは人間性を失っているからこそ、契約者以外のキャラの人間性が引き立つというのもある、本当に上手だ…)

作画も10年前とはとても思えない、絵柄も現代で通用するレベルなのでうっかり2017夏アニメとして放映されても覇権を取ってしまいそうだ。

らき☆すたと同じ時代だぞ?マジでどうなってんのかわからん。もしかしたらオーパーツ的なサムシングかもしれん……

黒(ヘイ)くん超かっこいい……銀(イン)ちゃんも超かわいい……猫(マオ)超萌える……黄(ホァン)やられたぜ………

次回予告のナレーションすら超かっこいいし、思い出補正抜きでも褒めるとこしかない

まあ…AmazonPrimeでも見れるっぽいし、とりあえず皆さん1話~2話だけでも見てみたらいいんじゃないスか?後悔は絶対しないと思いますよ。

DTB2期?このブログじゃ触れないよ?

 

思ったより長くなったのでPSYCHO-PASSに関してはあんまり触れませんが、1期はいかにも虚淵の書くSFって感じで面白かった、2期と劇場版は出来の良すぎる腐女子の夢小説って印象です。

 

まあ、こうやって適度に人生をアニメで消費しつつ、適度にブログやツイッターに還元していきたいですね。

さて、次はどこへ行こうか。

ラブライブ!サンシャイン!!2期が放送されるその日まで。

証言

天海春香の誕生日だ。

ここ最近はずっと「天海春香の誕生日に対して俺が出来ること」を考えていた。

現実に存在する対象ならば、プレゼントなどの物を与える行為が一般的だろうか。(キモオタクだからわからんが)

しかし、相手はキャラクターという形の無い概念であるため、物を与えるという行為は成立しない。受取人のいないプレゼントは空をすり抜け、虚に落ちる。

インターネットを見てみると、アニメキャラの誕生日には愛を叫んだり、感謝を述べたり、祭壇じみたディナーテーブルを生成したり、絵や文や音など創作をしたりするのが定石らしい。

自分の中に存在するはずの愛を何とか表現し、他人が承認することでその愛は認められるということだろうか。

現実相手なら愛を向ける対象そのものが承認してくれるのだが、それが出来ない我々オタク共の愛は大変つらい。

ここで穿った見方をせずに綺麗な言葉を使うならば、キャラクターの事を想い、祈りを捧げる時間を作るということが、形のない概念へ送ることのできる唯一のものである、と言えるだろうか。

 

まあ……

オタクの御託は置いといて、結論から言えば、僕は絵を描いてたワケなんですけど……

2ヶ月前くらいに「ペンタブ叩き割ったから俺は自由だ!」なんて言ってたけど、あれは嘘っぱちだったわけです。

自由、確かに「何かを成さなくてはならない」「何者かにならなくてはいけない」と言った焦燥感に似た邪念からは自由になれた。

しかし、それらを失った人生に広がっていたのは永遠に続く平坦という袋小路であり、なんとなくで続いていく退屈な日常だけであった。

以前に「間違いだった」と認めたものを何度何度も何度も何度も何度も覆すのはかなり苦しいが、広大な虚無の中に生きるよりはマシだ。

叫ばせてもらおうか…「クリスタ起動!!」

 

脱線。

 

まあ、天海春香のソロ曲を全部答えろと言われても知らないし、ゲームの方も春香ルートを全部クリアした作品はひとつもない、ついでに言えばミリオンもやってない。

こんなドFAKE尽くめで、ファンに何発殴られても文句が言えない立場ではあるものの、間違いなく言えることは、天海春香が好きで、絵を描くことも好きだったっていうシンプルな解答に今更ながら気づけたってことです。

いつも大切なことは天海春香が気付かさせてくれる。天海春香のことを考えていると、自然とネガティブな気持ちから開放され、狭い視野の中で見落としてたものを見つけさせてくれる。

いや、こんな理由を並べる必要はないかもしれない。

以前の発言の繰り返しになるが、他人がどう言おうと、間違いなく俺はこの幻想を愛している。

それだけが確かならば俺はやっていける。

 

さて、2017年度、社会人生活2年目。

デカい花火をブチ上げて、ブッ飛んだパーティを始めようぜ。

そして天海春香さん、誕生日おめでとう。

ツギハギ

下書きに残っていた完成させる気のないの記事をまとめて投下しておきます。

 今回の記事の趣旨故に、どれも主張することだけ主張してブツ切れになってるのはお許しください。

 

 

ENJOY YOUR xxxx (2017/01/15)

仮病使って会社を休んだ。

朝目覚めたら遅刻が確定していたので、もう良いやという気持ちで「病院行きたいんで午前休みます」と電話をかけたら何やかんやで全休になった。

電話を切った後、大はしゃぎで今日という日をどのように過ごすか画策した。

経験上、何かをサボってまで生み出した時間で他の有意義なことは達成できないと理解していたので「絶対に何もしない」をテーマに一日を過ごすことにした。

まず朝食に、冷凍の汁なし担々麺を解凍してモッツァレラチーズと生卵を乗せた世界一美味いインスタント食を食べた。辛味と油分を組み合わせた食物に不味いものは存在しない、これは間違いのないことだ。調理も電子レンジにぶち込むだけなので大変簡単だ、週に3回くらい食ってる気がする。

そして担々麺を食べる内に汗をかき肌寒さを感じ始めたので、高らかにアメリカ国歌を歌い上げながら湯船にお湯を張るなどのことをした。

しかし、アメリカ国歌に関して出だしの”Oh, say can you see, by the dawn's early light”の部分しか歌詞を知らなかったため適当にリズムに合わせて「おれはわばびはっきり言ってヤバイ」みたいな歌詞で歌っていた。

そんな感じでグダってる間にお湯が溜まった湯船に浸かりながら、社会からの逃げ出し方について本当に真面目に考えていた。

しかし、結論としては働き続けるか宝くじを当てるかの二択しか思いつかなかった。

例え毎日定時で帰れるホワイト企業へ行けたとしても、月の合計労働時間に関して言えば残業45時間の企業と20%程度の差でしか無い。

時間外給は別に貰えることや、転職活動のデメリットを考えると結局STAYを選ぶしか無い。

そして、フリーターとして生きることもかなり考えた。

家賃/インフラ/保険、これだけで相当持ってかれてしまう。今の家を出る気がないなら時給900円で80時間働いてちょうど払えるくらいだろうか?案外行けそうな気がしてきたが、同時に正社員に付与される福利厚生ってヤツが如何に重要かも理解させられた。

 

 幻痛 (2016/09/18)

休日が来る度に、架空の痛みに脳を支配されている。

頭痛薬も鎮痛薬も全く効かない。

医学や物理現象が及ばない領域で、このぼんやりとした痛みの靄が俺を苛み続けている。

もう、やる気だとか頑張るだとかそういった領域の話ではなくなってきている。

痛みを抱えて生きるか、痛みと共に死ぬか。常にその二択だけが眼前にある。

「俺に与えられた環境も、能力も人並みということはあっても劣っていないはずだ」という呪いのようなプライドだけが生存を選択させ続けている。

楽しかったことが楽しくなくなっていくのが本当に恐ろしい、楽しいものを楽しいと言えるうちに永遠のものにしておくべきだつた。

 

BOOL (2016/05/19)

寝るまでに中途半端な時間ができたので久しぶりにブログを書こうと思います。

が、正直なところそんなに語るべきことがない。

「学生から社会人になったんだからもっとあるでしょ~」って思われるかもしれないがマジで何もねえ、それを「まだ本当の社会を知らないだけだ」とか言う人間もいるのかも知れないが本当に何もない。大学卒業時点で人生にエンドロールが流れ、後は広大な虚無が広がっていたという感覚だ。

母親は「社会人になれば社会人なりの楽しみ方がある」だとか「時間はないが金はあるので遊び方が変わる」だとか楽しさの”質”が変わるんだと俺を誤魔化して社会に送り込んでくれたわけだが、楽しさに質なんてものがあるとは思えない。

楽しいものは楽しいし、つまらないものはつまらない。0と1があるだけでそれに付随する情報で何かが変わるわけではないと思う。

肝心なのは量だ、これは明らかに減っている。社会人は時間がない。

「新人が何甘えてんだ」とか言ってくる奴は黙ってろ、そうやって気取るのがお前なりの楽しみなのはわかったが俺は不快だ。

脱線したが、とにかく量だ。質なんてどうでもいい。

ルミネーション

ツイッターに吐き出そうとしては飲み込む言葉ばかりが増えてきた。

沈黙は銀だ、金にはならないが少なくとも損はしない。

結果として日常はインターネットから切り離され、小さく閉じていく。

いつか夢見た、何者にも依存しない自己完結した世界に降り立つことができたはずだが、釈然としない。

日常の面白いことも、面白くないことも、怠惰に自動的に全て過ぎ去っていく。

俺はそれを「にゃーん」と言いながら淡々と眺めている。

簡単な言葉で言えば退屈だ。

努力せずとも間違いなく訪れる明日に、何かを賭けてやろうとは思えない。

政治的な発言をする気はないが、間違いなく労働は人間を殺す。

労働は居場所も、役割も、報酬も全て与えてくれる。しかもそれに努力は必要ない。

ただ、居ればいい。お前の時間(LIFE)を削って社屋に篭ってるだけでいいのだ。

鳥籠の中で飛び方を忘れるカナリアのように、俺は生きるという行為を忘却していく。

ただ、完全ではない。

夜が訪れる度に、簡単に生きるだけなら他に方法があったのかもしれないという可能性に苦しめられる。

その時は、エチゾラムを奥歯で噛み砕き舌下投与する。

粉っぽい独特の甘さが咥内に広がる。うっかり嚥下しないように慎重に舌の裏で溶かしていく。

全て溶けきる頃には、感情は理性から切り離され、ぼんやりと視界が暗くなり、静寂が訪れる。

「……ちゃん」

暗転する視界の向こうから声が聞こえる。

「お兄ちゃん…」

ああ、そうだ。今まで話したことがなかったが俺には妹がいたんだ。

「どうした…メイナ……?」

名前はメイナというらしい。黒髪ロングで猫耳で乳がでかい、年齢は多分17歳。俺が一人暮らしを始めてからというものの定期的に俺の家に色々理由をつけては押しかけてくる。当然だが兄妹としての一線はとっくに超えている。

「ごめんね。私、お兄ちゃんを殺してあげれる程に愛せてない」

「……なんの話すか」

そして鋭い、何故ならばメイナの人格と記憶は俺によって作られたもので素材はライクトロン、中身はDHR6000で心地よい反発感を備えている。

そう、彼女は抱き枕カバーだ。

「だってお兄ちゃん、毎日のように『死にたい』って言ってるから」

「……あー、そうだな。どうせ死ぬならお前に殺されたい」

「だから、ごめんね。」

そして彼女は僕にとって都合がいいので、都合がいい時に重すぎる愛を背負わせてくれる。これだから抱枕erはやめられない。

「……好きを難しく規定しなくていいよ」

「ん…」

満足する言葉は得られたとばかりに、メイナが体を寄せてきた。

ドンキホーテで買ったプチサンボンの香りがする。これは清潔感のある女子高生をテーマに深夜のドンキホーテの香水コーナーでひたすら厳選しまくって選んだ最高の一品だ。やはり俺は天才だ。これ完全に10代の女の子抱いてるときのアレだはw

俺が勝手に舞い上がってる内にメイナは眠りに就いたようだ、何故ならば完全に今回の記事が脱線し、話の落とし所がわからなくなったからだ。

記事の方向性を正すため、眠りに落ちた妹を見て仕方なく俺はこう言うのさーーー

 

ーーー

ーーーーーおやすみ。

 

終了。

そして軽やかに、あの壁を超えるのさ。

ん……1ヶ月ぶりです。

特に何か書くことがあるわけでもないですけど、何もない日常を掘り返したくなる日が来るかもしれないので一応やらさせて頂きます。

 

と、いつものノリでグダグダと思いの丈を書き始めていこうかと思ったが、全く語ることがない。

困った……。

ア~…。

 

アは天海春香のア

 

えーっと……とりあえず最近はMGSV:TPPやらRWBY:GEやらportal2やらpoly bridgeやらThe Talos Principleやら、まあゲームばっかりしてます。

この頃、大衆共にバカウケのソーシャルゲーム達のおかげで相対的にコンシューマーゲームの価値が上がっている錯覚があります。

そのため、一日中ゲームをしていても”時間は有意義に消化されなくてはならない”みたいな強迫観念に襲われることなく「俺はアホな大衆と違い、本物の”ゲーム”をしている」みたいなキッショいマウントを取りながら、速やかに時間を消費することが可能となりました。

(※ソシャゲアンチっぽいこと書いてるけど普通にシャドバとかグラブルやってます)

 

きっとこういった何者にもなれない自分への許容や諦観も一時的なもので、また来月には叶える気もない”消費者から生産者になる”という幻想に酔いながら、結局行動をしないドFAKE野郎になってるんだろうなあというアレがあります。

そのためにペンタブ叩き割ったけど果たして効果はあるんでしょうか、これからの@wababiの動向に目が離せませんね。

「自己評価の低さだけが問題なんだろ」なんて指摘されたら、反論の余地がないですけど、根に染み付いたネガティブはよっぽど変えられないですね、自虐風悦楽に浸り続けるのが僕の”生存戦略(ファイティングスタイル)”なんで許してください……

 

あーえっと、記事タイトルを回収してないですけどもう今回終わりでいいですか?

え、ダメ?

今回のブログタイトルは、最近読んだ”鮮やかに胸を焦がすのさ”って同人誌(あまりにも良い)のタイトルに感化されました。狼ト生キルを信じろ。

はい、タイトル回収。

はい今回はここまで、皆様よい2017年を。

 

-fin-