ダークグノーシス~神々の黄昏~

僕が死んだときに遺書の代わりになります

さながらプラネット

狂い切るか、逃げきるか。

そのふたつしか無いと思ってたが、どうやらもっと簡単で完璧な手段があったらしい。

第三の生存戦略、それは忘却だ。

行動にならない感情に振り回され続けることか、そんな感情すら持たない事のどっちが不幸なのかはわからないが、最近の精神状態はすっかり忘却モードらしく、意味のない感情は全部生まれる前に殺してくれるので助かる。

ソファに沈んでソシャゲして休日を消費しようとも罪悪感も焦燥感も一切湧いてこないから驚きだ。

「創作への渇望は承認欲求なんて安い言葉で表せるものでなくこれは愛の証明だ」と喚き散らしたり、「卑怯な諦観で周りを偽物だと貶めるお前は何者だ?」といった自己啓発ポエムを紙に書いて壁に貼りまくってた人間と同一人物だとはとても思えない。

いつかのインターネットで「10代の頃のセンチメンタルやシリアスなんて30歳を超えたらどうでも良くなるしドーンと生きろ」といった話を見た気がするが全くその通りだ、思わず諸手を挙げたくなるね。

人間はアホなので体に覚え込ませたようなことじゃないと一瞬で何もかも忘れる、強い想いが運命を引き寄せたりはしない。

醜く無様に足掻いた傷痕だけがお前の行先だ、傷つくことを恐れたお前はWelcomeようこそ一般人。何者にもなれないまま全部忘れきって、流されるまま生を成しきって棺桶までウィニングランだ。

 

しかし実感として、若者から老人への移行はシリアスへの忘却が直線的に発生するのでなく、思い出したり忘れたりを反復して少しずつ近づいていくものらしい。

10代の頃に本気で大切にしていた熱情や気概というものがどうでも良くないままに自然消滅していくことに創作で抗ってみたり、忘却をそのまま受け入れることを繰り返し、若さを完全に諦めきれる日に向かってゆらゆらと近づいているのかもしれない。

今は忘却モードだが、まだ若い自覚はあるのでいずれまた創作パラノイアに苛まれる日が来るのだろう、そのときが唯一の忘却に対する反逆チャンスだ、救いはまだある、次はちゃんとやるぞ…うまくやるぞ……。

 流れ星のように一瞬煌めいて潔く消えていく終末は俺たちに用意されていない、消え去ることも輝くことも出来ずに惨めに夜空を彷徨って傷だらけになって誰にも知られることもなく死んでいけ……。

 

本当にまあ、過去の自分には散々お気持ち表明させといて結局こんな記事をセコセコかいてる惨めな俺を許してほしいっすね、今日の俺は少なくとも昨日の俺より一日分おじいちゃんだしね……。

もう少しマシな何かになりたかったんすけど未来の自分はどうすか……?

 

 ーーーア。

 

……?