DARKGNOSIS

140字に断絶した世界を繋ぎ直す

気づけば騒音の中にいる

絶望してはいないが救われてはいない。

かつてと同じ状況だ。あれほど取り戻したかった日常でも、その最中に入ってしまえば何の喜びも感謝もないらしい。

 

朝起きたらギャンブルをやりたくなっていた。

「”また”安い狂気に酔って破滅に向かうのか?」

そんな理性の囁きを聞き逃さず、他に金を使うべき場所がないのか行きたい場所や欲しい物を列挙してみた。

しかしどれもギャンブル欲を打ち消すほどの効能を得られず、結局「久しぶりに」という枕詞を言い訳にパチンコ屋へと向かった。感情というハック装置の前では理性や正しさなんて役に立たない。

インターネットのくだらない論争だってきっとそうだろう、感情で動いてる奴らに”正しさ”なんてものが通用するはずがない。

まあ大袈裟に話を広げたところでただのギャンブル中毒者の戯言でしか無いのだが、世の中に蔓延る執着の殆どがそういった脳のバグを突いたものでしかないのだろうとも思う。脳は簡単に騙される。

 

なんつってる内に近所のパチンコ屋に一年ぶりくらいに到着。

耳栓無しでは耐えられない爆音とタバコと加齢臭が混じったような悪臭、覚えていたつもりだが少し面食らう。どんな汚い記憶でも美化されるらしい。

台の物色。まどかの新台は一列、リゼロは二列、知らない内に随分とギャンブル屋さんはオタクになったものだ。

きっとこれも感情を想起するための技術なのだろう。オタク表現は性を刺激するためのコードに相応しく、性はギャンブルと相性が良い。

定期的にインターネットで燃え上がるアニメキャラの性問題だが、こうやって”機能”しているところを見せられると何とも言えない感慨がある。

そんな思索に耽りながら客層をチェックする。

オタク台だからと言ってオタク顔のオタクばかりが居着いてるわけではない、むしろオッサンばかりだった。冴えてない感じの。

休日を捧げられるほどの趣味もなく、共に過ごすパートナーもいない、そのうえ家に篭ってじっとしていられるほど人生を達観してもいない。だからこうやってギャンブルで脳をハックし、幸福が誤配されるのを待ち続けているのだ。

が、これはきっとオッサンのことでなく自分のことだろう。俺は俺以外の人生を知らないし、知らない事は語れない。

 

そんな精神的自傷を繰り返しながら店内をフラフラして辿り着いた休憩所はすっかりジジババの老人会となっていた。

案外みんなギャンブルを楽しんでいるのかもしれないとも思う、ここにいる老人たちは誰もギャンブルに脳を弄られてるなんて1mmも思ったことはないに違いない。

加えて、勝った負けたの世界をベースにしたコミュニケーションは非常に愉快だろう。そんなものが体力も技術も不要に得られてしまうのだから尚更だ(金はかかるが)

 

そんなこんなで自意識をぐるぐるさせながら店内をうろうろしているうちに嵐のように渦巻いてたギャンブル熱もすっかり冷め、一円も賭けることなく店外の喫煙所に移動していた。

ポケットからわかばを一本取り出し、火を点け、燻らせる。

これは破滅をひとつ避けた代償だ。空想を結ぶ糸を自分で断ち切ってしまった今では、こういう形でしか俺は俺を救えない。脳を騙し続けるしかない。

「ーーー救われねえな。」

息を吐き、空を見上げると、秋晴れの空に真っ白な煙が真っすぐ上っていった。